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東京高等裁判所 昭和38年(ナ)16号 判決

原告 東京高等検察庁検察官

被告 皆川五平治

主文

昭和三八年六月二八日施行の新潟県西蒲原郡分水町議会議員選挙における被告の当選を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

「被告は昭和三八年六月二八日施行された新潟県西蒲原郡分水町議会議員選挙(以下本件選挙という)に立候補して当選人となり、同日同町選挙管理委員会よりその旨告示され、現に同町議会議員として在職中のものである。

右選挙において訴外皆川勇平は昭和三八年六月二一日被告の選任届出によりその出納責任者となつたものであるが、同訴外人は訴外春木敬治及び同下村武夫と共謀の上、被告に当選を得しめる目的で、同月二三日分水町大字熊の森二一九番地塩崎五三郎方において、いずれも前記選挙の選挙人である右塩崎ほか八名に対し被告に対する投票及び投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬として酒食の饗応をし、これがため同年七月三〇日三條簡易裁判所において公職選挙法第二二一条第三項第三号、第一項第一号の規定により罰金一万円に処する旨の略式命令を受けた。しかして右略式命令は同年八月六日皆川勇平に告知され、正式裁判請求期間の経過により同月二一日確定した。

よつて被告の前記当選は公職選挙法第二五一条の二第一項により無効とすべきものと認めるので、同法第二一一条第一項の規定に基き本訴に及んだ。」と述べ、被告の主張に対し、

「訴外皆川勇平は本件選挙における被告の出納責任者となることを承諾していたものであり、また実際に出納責任者の職務を行つていたのである。なお被告は、公職選挙法第二五一条の二第一項第二号の「出納責任者」というためには、現実に出納事務を取扱うことを要し、単に出納責任者として選任・届出がなされただけでその職務を行わない者はこれに該当しないと主張するけれども、右規定にいわゆる「出納責任者」(ただし、いわゆる「事実上の出納責任者」を除く)とは、同法に定める手続により適法に選任・届出のなされた者であることを要するが、それをもつて足り、現実に出納事務を行うことを要件とするものではないと解すべきである。けだし、右規定の趣旨は、いやしくも出納責任者として選任・届出された者は選挙運動において重要な地位を占めるのであるから、かような者が買収等の選挙犯罪によつて刑に処せられたときは、当該当選人の当選は、選挙人の真意の正当な表現の結果と断定できないから、政治的制裁としてその当選を無効とするにあるところ、その地位の重要性とは、まず公職選挙法上の権限・責任の重要性、即ち「法律上の地位」の重要性が問題にされるべきであり、その法律上の地位の重要性は、その者の事実上の行動の如何によつて何らの差異を生ずるものではない。それ故、いやしくも出納責任者として適法な選任・届出のなされている者が買収等の選挙犯罪により刑に処せられた以上、その者の法律上の地位の重要性の故に連座制の適用を招くに至るのである。また、このことは次に述べるように、公職選挙法第二五一条の二第一項第二号の規定の文理からしても明らかである。すなわち、右の規定は、いわゆる事実上の出納責任者についても連座制を適用するよう、昭和三七年五月に改正されたのであるが、これによると、届出のなされた出納責任者の外に、届出がなくして事実上選挙運動に関する出納の事務を行う者のあることが予定され、その者が法定の選挙費用額の二分の一以上を支出した場合には、その者についても届出出納責任者と同様連座規定を適用することが明文をもつて定められているのである。すなわち、法は届出出納責任者でない者が法定選挙費用額の二分の一以上、極言すればその総てを支出することをも予定し、その反面において届出出納責任者が右費用額の二分の一以下しか支出せず、極端な場合には全く支出を行わないことをも予定していると解されるのであり、しかも、かような場合における届出出納責任者についても連座制の適用を除外する趣旨は窺われないのである。なお、かように解しても、当選無効の訴訟において出納責任者の選任・届出行為の成立ないし効力を争う余地はあるから、連座規定の適用により当選を当然に無効とせず、当選無効の訴によるべきものとしたことの意義が失われるものではない。」と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「被告が原告主張のとおりの経過で分水町議会議員選挙において当選し、同町議会議員として在職していること、被告において、原告主張のとおり、訴外皆川勇平を右選挙における被告の出納責任者として選任する旨の届出をしていること、皆川勇平が原告主張のとおりの裁判を受けこれが確定したことは認めるが、同訴外人が被告の出納責任者となることを承諾したこと及び同人が訴外塩崎五三郎らに原告主張のような趣旨の依頼をし酒食の饗応をしたことを否認する。また、右の皆川勇平を出納責任者に選任する旨の届出は、法律上要求されている形式を整えるためになされた形式的なものに過ぎず、同人は選挙運動に関する金銭の収支、その収支報告書の提出あるいは帳簿書類の保管等に少しも関与せず、出納責任者の職務を全く行わなかつたものであり、すべて被告自らこれを行つていたものである。しかしてかような単に形式の上だけの出納責任者が買収等の選挙犯罪によつて処罰された場合、公職選挙法第二五一条の二第一項第二号の規定により当選人の当選を無効とすべきではないと解すべきである。けだし、いわゆる連座制の趣旨は、ある候補者のための選挙運動において重要な地位を占めた者が買収等の選挙犯罪を犯した場合には、その選挙運動が全体として悪質な方法で行われたことが推認され、従つてその候補者が当選人となり得たのは不法な手段によるものであると推認されることに根拠をおくのであるから、連座制に関する前記規定を適用する場合、これに定める「出納責任者」にあたるかどうかは実質的に判断してこれを決すべく、本件における皆川勇平のように、単に形式上の届出があるだけで現実に出納責任者としての職務を行わなかつた者、即ち選挙運動において実質的に重要な地位を有しなかつた者の違反行為に基いて連座制の規定を適用すべきでないことは前記規定の趣旨に徴し明らかだからである。また公職選挙法によれば連座制の規定の適用される場合でも、出納責任者等の違反行為につき有罪の確定判決があつたことにより、当選人の当選を当然には無効とせず、当選無効の訴によつてはじめてこれを無効とすることとされているが、その趣旨は当選人に、訴訟当事者として自ら弁明し有利な証拠を提出してこれを争う機会を与えるために外ならない。しかるに、原告主張のように、出納責任者として届出がなされてあれば、もはや、当選人において出納責任者であるかどうかの点を争い得ないと解すると、出納責任者の違反行為に対する判決の確定によつて、当然に当選人の当選が無効とされるのとえらぶところがなく、改めて当選無効の訴を要するとしたことの意義が失われるのである。この点からしても、形式的に出納責任者の届出がなされていても実質的にそうでない場合には連座制に関する規定の適用がないと解すべきである。」と述べた。

(証拠省略)

理由

被告が、昭和三八年六月二八日施行された新潟県西蒲原郡分水町議会議員選挙に立候補して当選人となり、同日同町選挙管理委員会よりその旨告示され、現に同町議会議員として在職中であること、右選挙において昭和三八年六月二一日被告が訴外皆川勇平をその出納責任者として選任した旨選挙管理委員会に届出たこと、右皆川勇平が原告主張の選挙犯罪を犯したものとして、原告主張のとおり公職選挙法第二二一条第三項第三号、第一項第一号により罰金一万円に処せられ、その裁判の確定したことはいずれも当事者間に争がない。

被告は、皆川勇平は右の選挙において被告のため出納責任者となることを承諾したことはない旨争うけれども、公文書としてその成立を認め得る甲第三号証(なお、証人皆川勇平の証言によれば、これに記載された内容が、多少の差異は別として、同証人の供述したところを要約したものであることは同証人の認めるところである)成立に争のない甲第四号証並びに被告本人尋問の結果(一部後記認定と趣旨を異にする部分を除く)を綜合すれば、訴外皆川勇平はその兄にあたる被告からの依頼を受けて本件選挙における被告の出納責任者になることを前記選任届出のなされた当時承諾していたことを認めることができ、右被告本人の供述の一部及び証人皆川勇平の証言中にはこれと異る趣旨の部分があるけれども、前掲甲第三、第四号証に照らし採用し難く、また、被告提出の乙第一号証がその主張のように皆川勇平によつて作成されたものでないとしても、このことから前認定を覆えすべきものとも考え難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。

よつて皆川勇平は被告による適法な選任・届出に基き、本件選挙における被告の出納責任者たる地位を有したものと認めるべきである。

次に被告は、右の出納責任者の選任・届出は形式的なものに過ぎず、皆川勇平は出納責任者としての職務を全く行わなかつたのであるから、同人は公職選挙法第二五一条の二第一項第二号にいわゆる出納責任者にあたらない旨主張する。しかし前掲甲第三、第四号証によれば、皆川勇平は本件選挙において被告のための選挙運動に関する収支に携わつていたことが窺われ、右被告主張のような実情にあつたとのことはたやすく肯認し難いばかりでなく、適法な選任・届出に基き出納責任者の地位にあつた者については、次に述べるように、その者が現実に出納責任者としていかなる事務を行い、選挙運動においてどのような役割を果したかを問うことなく、前記規定にいわゆる出納責任者に該当すると解するのが相当であるから、いずれにしても右被告の主張は採用できない。すなわち、公職選挙法第二五一条の二はいわゆる連座制を定めた規定であつて、その趣旨とするところは、ある当選人のための選挙運動において重要な地位を占める者が買収、利害誘導等の犯罪により刑に処せられた場合は、当該当選人の得票中にはかような犯罪行為によつて得られたものが相当数あることが推測され、その当選は選挙人の真意が自由、適正に表明された結果によるものといい難いので、その当選を無効とすることにより選挙の公明を確保しようとするものであつて、法の定めるところに従い選任・届出のなされた出納責任者(以下届出出納責任者という)は、公職選挙法に定める権限・責任を有することにより選挙運動において重要な地位を占めるものというべく、即ち届出出納責任者はその法律上の地位の重要性に鑑み、選挙運動の総括主宰者及び地域主宰者等と竝んで連座制の規定の対象とされたものと解されるのである。なる程選挙運動の実際においては、届出出納責任者が法の予定する出納に関する事務のすべてを担当するとは限らないことは当然に考えられるけれども、これがため届出出納責任者の法律上の地位の重要性に差異を生ずるものではない。公職選挙法第二五一条の二第一項第二号は届出出納責任者でなくても候補者もしくは届出出納責任者と意思を通じて選挙運動に関し法定の選挙費用額の二分の一以上にあたる金額の支出をした者につき、届出出納責任者と並んで連座規定の対象としているのであるが、かようないわゆる事実上の出納責任者の存する場合は、その者の取扱う出納事務の範囲が大きい程届出出納責任者の取扱うそれは必然的に小さいものとなる筈であるが、前記の規定は、かような場合における届出出納責任者についても格別の留保を付することなく、事実上の出納責任者とともに連座制の対象としているのであつて、このことは、届出出納責任者については、その者が実際に如何なる出納事務を行つたかにはかかわりなく、もつぱらその法律上の地位の重要性に着目しこれを連座制の対象とする法の趣旨であることを窺わしめるに十分である。なお被告は、前記法条にいわゆる出納責任者の意義を右のように解すると出納責任者の違反行為に対する判決の確定によつて当然に当選人の当選が無効とされるのとえらぶところがなく法が改めて当選無効の訴を認めた意義が失われると主張するけれども、出納責任者の意義を右に説明したように解しても、当選人は当選無効の訴において被告として出納責任者の選任及び届出の効力等を争いうる余地は勿論あるのであるから被告の右の主張は理由がない。

さらに被告は、訴外皆川勇平が原告主張の選挙犯罪を犯したことを争うのであるが、その趣旨は、右訴外人が原告主張の刑に処せられたとの事実があるにせよ、同人は真実その罪を犯したことはないから、公職選挙法第二五一条の二に規定する要件を充たさず、被告の当選を無効とすべきでない、というにあると解される。

しかし、証人皆川勇平の証言及び前掲甲第四号証によれば、皆川勇平は原告主張の趣旨でその主張のとおり酒食の饗応をしたことを窺うことができるばかりでなく、公職選挙法第二五一条の二の規定によれば、当選人と右規定に定める関係にある者がそこに掲げる選挙犯罪を理由に処罰されたことにより、当選人の当選を無効とする趣旨であると解されるので、右被告の主張はいずれにしても採り難い。もつとも、前記公職選挙法第二五一条の二の規定は、「……の罪を犯し、刑に処せられたときは、」との表現をとつており、その文言からすれば、そこに掲げる選挙犯罪により「刑に処せられた」ことの外、「それらの罪を犯した」ことをも別個の要件としているように読みとる余地がない訳ではないけれども、本来犯罪の成否そのものについては刑事裁判所において刑事訴訟手続により確定されたところをもつて最終的な判断とすべきものであるから、前記規定も当選無効訴訟の受訴裁判所が当該訴訟において、選挙犯罪を理由とする処罰の存否の外、更にこれと別個の要件としてその犯罪の成否そのものについてまで審理判断すべきことを定めた趣旨ではないと解するのが相当である。

以上に述べたところによれば、被告の当選は公職選挙法第二五一条の二の規定により無効とすべきものであるから、同法第二一一条第一項の規定に基き原告の提起した本訴請求は、これを認容すべきものと認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 岸上康夫 室伏壮一郎 安岡満彦)

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